親は子の親なり。子は親の子なり。絶対の親ありや、絶対の子ありや
釈宝樹
相変わらず、地元にいながら満之さんの書かれた物を読めない
私ですが、他から経由で満之さんの言葉が届きます。
確かに親子同時に誕生している存在なのに、
親の方は一段上の方から子供を見下しています。
最近は男女逆転しているかも知れませんが夫婦関係においても同じことが言えそうです。
釈宝樹
相変わらず、地元にいながら満之さんの書かれた物を読めない
私ですが、他から経由で満之さんの言葉が届きます。
確かに親子同時に誕生している存在なのに、
親の方は一段上の方から子供を見下しています。
最近は男女逆転しているかも知れませんが夫婦関係においても同じことが言えそうです。
釈 解深
私は高校生の頃、よく勉強した。
それは勉強が好きだったからではなく、偉い人間になりたかったからである。
友人にも私と同じような人はいた。
勉強でなくても、喧嘩で名をあげようとした人もいるし、
中には新興宗教に入って修行をした人もいた。
やがて
職場でいじめられた恋人は自殺し、
修行に精を出していた親友は
その教団の引き起こした犯罪に巻き込まれて行方不明になり、
私自身もいろんな意味で行き詰った。
そのときに、たまたま目にしたのが
「宗教の門に入ったものは、自分の価値をゼロ位におくのである」
という清沢先生の言葉である。
人生に意味がほしい、
人からほめられ尊敬される人間になりたい
と思っていた私には驚くべき言葉だった。
「宗教の門に入る」のは、修行して「自分の価値」を高めるためではないのか?
浄土真宗の教えを聞き始めてようやく、清沢先生のいわんとするところが
少しずつだが頷けるようになってきた。
しかし、ふと気づくと、自分の価値を認めない奴は許せないと
苦しんでいる私がいる。
そういうとき、私にとって清沢先生のこの言葉はいつでも、
青春時代に感じた新鮮な驚きをもって響いてくれるのである。
※出典…「自ら侮る自ら重すると云ふ事」(『精神界』論文)
釈 宝樹
私は残念ながら満之さんの書かれたものを
一度も読んだことが無いけれど
いろんな方のお話を聞いたり、書かれたものを読んでいると、
満之さんの言葉が頻繁に出てきます。
難しい言い回しや仏教の言葉を使われたものは 浅学な私に響かないけれど、
易しい言い回しのものは、 なるほどと頷けるものが有ります。
曽我量深さんは 「南無阿弥陀仏 をわかりやすく言うと
そうかなるほど ということ」と言われているそうです。
真実の言葉は素直に頷けるのでしょうね。
光ったナイフは
草原の中に捨てられても
いつか人が見出すものだ
注:出典は、安藤州一の追憶文を参考にしたものと思われます。
『清澤満之全集』暁烏敏・西村見暁編 法蔵館発行(1953-56)第8巻440頁参照。
滝川純男
私が清沢満之のことを知ったのは、
司馬遼太郎の「歴史と小説」という本の中の
「清沢満之のこと」という一文を読んだ時でした。
その一節の中に次の様なくだりがあります。
『「仏、極楽は実在するか」と問われたとき、
清沢満之は信仰は主観的事実である、と答える。』
この主観的事実という言葉に出遇ったとき、
大変な新鮮さと感動をおぼえました。
私は事実ということは
客観的にみて、誰もが受け入れる事柄のことを言うもの
と思っていましたから、
この主観的事実という言葉は、
今まで私の知らない世界のことを表現していると思い、とても感動的でした。
思ってみますと、主観的という言葉と、事実という言葉とは、
元々くっつけた概念としてあるはずがないことだと私が想っているところへ、
この清沢満之という偉人がこういう表現をされたことへの
驚きでもありました。
一年ほど前から、西方寺の本堂の一隅や、満之記念館の二階で
仏法の勉強をさせていただいていますが、
先生方のお話によると、清沢満之が生涯追求したのは
「自己とは何だ」ということだと教えていただきました。
この自己ということと、主観ということが重なって
私の頭の中でうずまいていて、
とても仏法のむつかしさを感じております。
ふたたび司馬遼太郎の一文を借りますと、
「清沢はキリで揉みこむような理詰めの追及のあげくに
何らかの結論を得るにいたる体質であることを、
この人の二十才の時の日記で察することができる」とあります。
このような方にして、「主観的事実」と最終的に結論づけられたことに、
常人では達しがたい、先達中の先達のお姿をみるような想いです。
生きている内にもう少し、もう少しわかってみたいと思っています。
近藤かおり
先日、ハンセン病療養所の長島愛生園に行く機会がありました。
そこで在園の方からお話をきいていたときのことです。
「命をかけてやらなければいけない」という言葉が何度も飛び出しました。
そして、「無から有が生まれるんだ」と。
私がふと思い出したのは、次の文でした。
四五人打ち寄りて談話してゐた時、先生も居られた。
一人云ふやう「命を捨てる気になれば、何でも出来る。」と。
先生云はく「命を捨てずに何が出来ますか。」と。
(「清澤満之全集」法蔵館 第8巻p.286 住田智見の回想)
また、確実なあてもないのに清澤満之記念館建立の募財に本格的に入った頃のことが思い出されました。
「命をかけなければ記念館はできない」と、暁烏敏師の門弟から心構えとして言われたのです。
「命をかける」「命を捨てる」という言葉は
「一生懸命にやる」という言葉の形容のようにも思えます。
何かを達成する為に、ある目的のために、身命をなげうつ。
それが一般的な姿でしょう。
でも、「この身はどうなっても構いません」というような態度がまずあって
それから何かを始めるのが念仏の教えだったのかもしれません。
私は何をはじめるにもつい保証が欲しくなってしまいます。
如何に安全か、安泰か、意義あるかと計算してからでないと、安心して物事に打ち込めないのです。
どこまで計算したら、どういう言葉がもらえれば、私は心から安心できるのでしょうか。
「命を捨てずに何が出来ますか。」と聞こえてきた日でした。
自分を概念規定すれば?
浅井豪男
最近マスコミなどで自分探しの旅へ出る若者のニュースをよく見聞きします。
この様なニュースに接する度、昔の自分をよく思い出したりします。
今思えば日替ランチのように考えがコロコロ変り、
昨日まで輝いていたものが色褪せて見えることも再三でした。
そしていつもどこかに「まあ、いいか。」と妥協していた自分がいました。
この様に他人には厳しいことを言う反面、自分には甘く
身勝手でそのくせ他人から批判されると声を大にして反論はするし、
最後には居直って必ず「凡人だから仕方がない」と言っていました。
しかし一方では常に、
これについてはこうあらなければならないとか、この様にあるべきだなどと
虚勢を張って、無理していた自分が居たような気がします。
そんなある日、清沢満之の有名なあの言葉「自己とは他なし 絶対無限の
妙用に乗托して 任運に 法爾に この境遇に落在せるもの即ち是なり」
に出合いました。
この時の気持ちをひと言で申せば「そうだ!これだ、これだ」でした。
一瞬にして永年の疑問が氷解して肩からすうっと力が抜け、
何とも言えない満ち足りた気持ちになったことを今でも覚えています。
そして私にとってのあの言葉はそれ以降の心の安定剤になりました。
つまり自己と言うものは、如来(他力)の大きな働きに乗させて頂き、
因縁のまま、あるがままに、今ここに安住出来る存在なのだと気付かされたのです。
まさに心が180度ひっくり返った経験だったのです。
この言葉をさらに私なりの言葉に置き換えれば、
人間と言うものは自分一人の力で生きているのではない、
自分以外のすべてから生かされているのだ、
何事においても「させて頂く」と言う受身の使役形的な生き方が大切だ、
と頂いた次第だったのでした。
最後になりましたが、自分探しに行かれる方へ一言。
そのコースに、この記念館を入れられたら如何でしょうか?
案外、行かなくてもよくなるかも。
合掌
松澤泰生
仏教の問題は「自己とは何か?」ということであろうと感じる。
しかしこの問題を実感出来るまでには長い年月を必要とした。
親鸞聖人が著した「教行信証」等を自分勝手に読んでいるだけでは、
この問題には気がつかなかった。
祖聖とほぼ同時代の道元が
「仏道をならふといふは自己をならふなり」と、
この問題を正面から説いているのに対し、
祖聖の教えにも自己が問題とされていることは解からなかった。
実は天親の「我一心」や「正定聚の機」という言葉が、
祖聖が自己を説いた教えであったにもかかわらず・・・・・。
仏教の問題は「往生できるかどうか?」であると長く思っていた。
「往生」が「自己が明らかにされること」「機が成就すること」だとも知らずに。
そういう時代に出遭った言葉が清沢満之先生の
「自己とは他なし、絶対無限の妙用に乗托して、任運に法爾に、
現前の境遇に落在せるものすなわちこれなり」である。
続いて清沢先生の影響を受けた曽我量深先生の「如来、我となり我を救いたまう」や、安田理深先生の「私となった如来」という言葉、さらに妙好人才市さんの「わしが阿弥陀になるじゃない。阿弥陀のほうからわしになる。」という言葉に出遭い、仏教の問題は「自己とは何か?」ということであると明確に実感させていただけるようになった。
清沢先生の「現前の境遇に落在せる自己」とは私のことではなかった。
私は落在出来ない。
「現前の境遇」とは「宿業」であろう。
「落在」とは「安住」であろう。
衆生の私は宿業に安住することなど出来ない。
楽な境遇を求め、苦しい境遇から逃げようとする。
では「現前の境遇に落在せる自己」とはどなたなのか?
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管理者より
このブログを開始して1ヶ月近くになりますが
なかなか次の「ことば」の紹介ができなくて残念に思います。
知人に言ったら「まず大谷大学の先生が書くべきでしょ?」と…。
そんな印象をもたれてしまっていたのですね。
以前、朝日新聞のbe版で
清澤満之先生のことばが取りあげられたことがありました。
「死もまた我等なり」です。
この記事を書かれた清水さんは
葬儀の時に受けとった紙片で、この言葉に初めて出遇われたそうです。
このときの驚きが、多くの読者の心に届きました。
ここでは、ごく普通の方の
「驚き」とか「共感」とか「疑問」の声をきけたらいいな、と思います。
「《天命に安んじて人事を尽くす》ーそれって逆じゃない?」といったように、
素朴に感じられたこと、わからないことなど
お聞かせいただけませんか?
コメントもどうぞお気軽に…。
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酒井笑子
私は、母のすすめもあってか、はっきりは意識しないまでも、自ら仏法を聴くということが生活の中の大切な時間的・空間的・義務みたいな思いでおりました。
そして長い間仏法を聴かせてもらって、自分の修養か、教養か、世をうまく渡っていく手段のように思っておりました。
それが、ある時ひっくり返りました。
自分が努力して求めているものでなく、如来様の方から手をさしのべられ、「必ず救うぞ、私を信じてこいよ」とのことでした。矢印が ↑ に向かっているのが、完全に ↑↓ Uターンして私に向かっているのでした。そのことばが「自己とは何ぞや、これ人生の根本的問題なり」です。すべて外に向かい外をうらみ、そして仏様にすがるという形でした。今でもそういう気持ちは時々あります。
そしてこの大きな大命題に対してのお答えをいただきますのが次のおことばです。
「自己とは他なし、絶対無限の妙用に乗托して、任運に法爾に、現前の境遇に落在せるものすなわちこれなり」です。
清沢先生は、明治の時代浩々洞において同志と共に仏法を学ばれ、次々本を発刊されていかれる中に古き仏教語を使わず、仏法を表現していこうということであったようです。この平成の時代になっても私にとっては「よきひと」にお教えを願わねば難解なおことばが多々あります。
ここで一つだけ「落在」というおことばをいただきます。「如来のおはからいのまま、現にここに在る」ということです。
あなたの、「満之のことば」との出遇いを語っていただけませんか?
身近なことを通して、ことばが生き生きと感じられたこと…など。
「私が出遇った清沢満之のことば」の文章を募集しています。
ここでは、ブログの記事は 皆さまから寄せられた文章になります。
下記までお送り下さい。お待ちしています。
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清澤満之記念会
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